岡崎市観光協会
おすすめコース
TOP > おすすめコース > 浄瑠璃姫伝説コース

【浄瑠璃姫の物語】

 浄瑠璃姫は、年老いても子どものなかった矢作の長者  兼高(かねたか)夫婦が、日頃から信仰していた鳳来寺の薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)にお願いして授かった子といわれ、浄瑠璃姫と名付けられて、たいそう美しく育ちました。
 1174年、牛若丸(源義経みなもとのよしつね)は、奥州平泉(ひらいずみ)の藤原秀衡(ひでひら)を頼って旅を続ける途中、矢作の里を訪れ兼高長者の家に宿をとりました。
 ある日、ふと静かに聞こえてきた浄瑠璃姫の琴の音色に惹かれた義経が、持っていた笛で吹き合わせたことから、いつしか二人の間に愛が芽生えました。 しかし、義経は奥州へ旅立たねばならず、姫に形見として名笛「薄墨(うすずみ)」を授け、矢作を去りました。姫が義経を想う心は日毎に募るばかりでしたが、添うに添われぬ恋に、悲しみのあまり、ついに菅生川(すごうがわ)に身を投じて短い人生を終えました。

下記「」は浄瑠璃姫の関連史跡など。原則非公開になっているものもありますのでご注意ください。

麝香塚(じゃこうづか)石
(六所(ろくしょ)神社参道)
六所神社大鳥居横の高宮神社石碑の礎石は、義経が姫の形見の麝香を埋めたとされる麝香塚に使われていた石といいます。
安心院
義経が浄瑠璃姫の菩提を弔うために建てたという妙大寺が始まりだといわれ、かつては七堂伽藍を備えた大寺だったそうです。
■十一面観音像(義経念持仏)
成就院(じょうじゅいん)
浄瑠璃姫の菩提を弔うために創建されたといいます。浄瑠璃姫の600回忌にあたっては追善法要も行われました。
■浄瑠璃姫墓・侍女冷泉墓・穴観音・足跡岩
浄瑠璃ケ淵(じょうるりがふち)
浄瑠璃姫は菅生川のこのあたりで身を投げたといいます。現在はそばに「浄瑠璃広場」があり、句碑が建っています。
本願寺三河別院(西別院)
姫が観月の宴に興じたところといいます。
■観月荘跡・侍女更科供養塔
浄瑠璃寺
もとは岡崎城の浄瑠璃曲輪(くるわ)付近にありました。義経と浄瑠璃姫の画像が残されています。
■義経画像・浄瑠璃姫画像・姫守本尊薬師如来
浄瑠璃姫供養塔(岡崎公園)
岡崎公園大手門の近くの国道1号線沿いにあります。岡崎城天守閣の北には浄瑠璃姫が幽閉されたという所もあります。
■浄瑠璃姫供養塔・幽居地跡
誓願寺
兼高長者は、身を投げた浄瑠璃姫をここに葬り、十王堂を建てました。また、義経と浄瑠璃姫の木像を作り、義経が姫に贈った薄墨の笛、姫の鏡とともに安置したとされています。
■十王堂・浄瑠璃姫墓・義経木像・浄瑠璃姫木像・薄墨の笛・位牌